
東アジア教育コラム
East Asian Education Column
著者紹介

張建(ちょう・けん)
一般社団法人東アジア教育研究所代表理事。博士(教育学、東京大学)。教育社会学を専門とし、東アジアにおける教育制度、教育格差、大学改革および高等教育の比較研究を主な研究領域とする。著書『中国の教育格差と社会階層―中等教育の実像』により日本学校教育学会賞を受賞。東京電機大学特任教授などを歴任し、現在は東アジア地域における教育研究の国際的連携の推進に取り組んでいる。
第1巻第1号(2026年2月)
Vol.1, No.1 (February 2026)
通算第001号 / Serial No.001
人口規模の再設計と学校教育
—21世紀日本における「適正人口」という思考実験—
Re-designing Population Scale and School Education:A Thought Experiment on Population as an Institutional Design Variable in 21st-Century Japan
張 建
(一般社団法人東アジア教育研究所 )
Abstract:
本稿は、21世紀日本における長期的な人口縮小を前提に、「適正人口」概念を学校教育制度の設計原理と接合する思考実験である。人口研究における適正人口の捉え方が、従来の「単一制約型」から「多目的均衡型」へと転換していることを踏まえ、人口減少がもたらす「受動的均衡」のもとで教育制度に求められるパラダイム転換を考察する。具体的には、教育の単位の年齢集団から学習機会への移行、学校の社会的機能の再定義、そして「学校規模」概念そのものの再設計の必要性を論じる。また、ローマ・クラブ『成長の限界』に端を発する持続可能性論、Senの能力アプローチやOECD Better Life Indexに代表されるウェルビーイング指標論、Samuelson型公共財理論に接合される教育の公共財論といった複数の理論的座標を明示しながら、日本における教育制度再設計のための思想的基盤を提示する。結論として、人口の強い慣性を考慮すれば、現在の教育政策はより小さな将来人口を前提に、社会と教育の望ましい均衡を能動的に設計する課題に直面していることを示す。本稿は、人口縮小社会における教育制度研究の新たな理論的視座を提示することを目的とする。
Keywords:
適正人口 / 学校教育 / 人口縮小社会 / 制度設計 / 持続可能性 / 教育の公共財
1.はじめに——人口問題の「制度化」から「設計」へ
21世紀の日本において、人口問題はもはや「少子化対策」という短期的政策課題の範囲を超え、国家の制度設計そのものを問い直す段階に入っている。これまでの議論は、人口減少の速度や高齢化率、地域間格差といった構造的問題への対応に集中してきた。しかし近年の国際的な人口研究の潮流は、より根源的な問いを提示している。すなわち、有限な国土と資源、既存の社会インフラ、そして現在到達している技術水準のもとで、日本社会が長期的に持続可能な人口総量とはどの程度なのか、という問いである。
本稿は、この「適正人口」をめぐる思考実験を、学校教育制度の設計原理と接合する試みである。教育は人口構造に最も構造的に拘束される社会制度でありながら、人口総量の変化が制度の長期的形態に与える影響については、必ずしも十分に理論化されてこなかった。人口の議論が社会保障や労働市場に集中する一方で、教育は常に「与えられた人口を前提として運営される制度」として扱われてきたのである。本稿では、人口を外生変数として扱うのではなく、制度設計の対象として能動的に捉え直す視点を提示する。
2.「適正人口」概念の転換——単一制約から多目的均衡へ
20世紀の適正人口論は、主として食料生産力や土地の収容力といった単一の制約条件から人口の上限を推計する試みに特徴づけられていた。人口は自然的・物理的制約によって規定されるという前提のもと、「どこまで増えることが可能か」が主要な関心であった。
しかし今日の人口研究において、「適正人口」はもはや単一の最大値として理解されない。ローマ・クラブ『成長の限界』(1972)以来の議論を継承しつつ、環境負荷と資源利用の持続可能性を中核的な制約条件として捉え直すとともに、一人当たりの生活水準や主観的厚生——Senの能力的アプローチやOECD Better Life Indexが示すように、単なる経済指標では捉えきれない多様な価値基準——、社会保障制度の安定性、技術革新による生産性、さらには地域社会の維持可能性といった複数の社会目標のあいだで成立する均衡点として捉え直されている。すなわち、適正人口とは、これらの要素のトレードオフのなかで成立する「動的な最適域」であり、固定的な数値として与えられるものではない。
この観点から見たとき、日本の人口議論の特徴は明確である。日本では総人口の「あるべき規模」を政策的に設定する議論はほとんど制度化されてこなかった。人口減少は既定の趨勢として受け入れられ、その影響に対して制度的に適応することが重視されてきたのである。人口構造の変化への対応、地域分布の調整、社会保障制度の改革といった領域では一定の政策的蓄積が存在する一方で、「どの規模の社会を前提として将来を設計するのか」という根本的な問いは、明示的に論じられてこなかった。
この態度は、急激な人口政策による社会的摩擦を避けるという意味で現実的であった。しかし同時に、人口総量そのものを所与の結果として扱うことで、社会の将来像に関わる選択を事実上未来へと先送りしてきた側面も否定できない。結果として、日本の人口研究は主として構造や地域分布の問題に焦点を当て、人口総量は調整困難な外生変数として扱われる傾向が強かった。
しかし、人口が長期的な縮小局面に入った現在、この前提そのものが再検討を迫られている。人口規模を外生変数として扱うのではなく、どの規模の社会において持続可能性、生活の質、そして社会の創造性が両立し得るのかという問いを、制度設計の出発点として再び位置づける必要がある。適正人口論とは、人口の多寡を論じる議論ではなく、社会の望ましい均衡点をどこに見出すのかという、21世紀的な設計思想そのものを問う試みなのである。
3.人口減少の帰結としての「受動的均衡」
日本の人口はすでに減少局面に入り、今世紀後半に向けて現在より小さな人口規模へと収束することが予測されている(国立社会保障・人口問題研究所、2023)。ここで重要なのは、この将来像が政策的に選択された未来ではなく、出生・死亡動向の延長線上にある結果であるという点である。
ここでいう「受動的均衡」とは、社会が望ましい人口規模を政策的に能動的に選択するのではなく、出生・死亡・移動の趨勢の帰結として、結果的に持続可能性と整合する均衡域へと収束していく状態を指す。対置される「能動的均衡」は、オランダの国土計画やフランスのナショナル・プランニングにみられるように、政策的介入によって人口規模と社会制度の最適な組み合わせを追求する態度である。日本の場合、人口減少を既定の趨勢として受容し、その影響への制度的適応に専念してきた点において、明確に「受動的均衡」の経路をたどっている。
しかし同時に、この過程は単なる縮小ではない。人口規模の低下は、都市インフラ維持コスト、エネルギー消費、土地利用密度といった要因との関係において、結果的に持続可能性と整合する均衡域へ近づく可能性を持つ。すなわち、日本社会は「適正人口を設計する」のではなく、人口減少という長期プロセスを通じて、事後的に持続可能な規模へと収束していく構造にある。
この受動的均衡は、教育制度にとって決定的な意味を持つ。教育は未来の社会を準備する制度でありながら、その制度設計は常に現在存在する子どもの数、すなわち過去の出生行動に拘束される。教育制度は人口変動より一世代遅れて変化する制度なのである。
4.人口縮小社会における学校制度のパラダイム転換
20世紀の日本の学校制度は、人口増加と経済成長を暗黙の前提として形成された。年齢による均質な集団編成、大規模校を前提とした学校配置、標準化された教育内容による大量教育という三つの特徴は、その時代において合理的であった。
しかし人口規模が縮小する社会では、この前提そのものが制度的に維持困難となる。学校統廃合や教員需給の問題は、その表層的な現象に過ぎない。より本質的な変化は、教育制度の編成原理の転換にある。
第一に、教育の単位が「年齢集団」から「学習機会」へと移行する。人口が減少するほど、同年齢・同進度の集団を維持する合理性は低下し、多様な学習経路を前提とする制度設計が不可避となる。
第二に、学校の社会的機能の再定義である。人口密度が低下する地域において、学校は教育機関にとどまらず、地域社会の維持装置、生涯学習の拠点、社会的包摂の基盤としての役割を担うようになる。これは、Samuelson型公共財に近似する社会的共通資本としての性格を強めることを意味する。すなわち、教育の外部効果は個人を超えて地域社会全体の持続可能性に寄与する。学校の存在理由は、在籍者数という量的指標のみでは正当化されなくなる。
第三に、教育投資の論理の転換である。人口増加期に合理的であった量的拡張は、人口縮小期には持続しない。生産年齢人口が減少する社会では、一人ひとりの創造性と知的生産性の向上が社会全体の持続性を支える。教育は選抜と効率の装置から、人的可能性を最大化する投資へと再定位される必要がある。
5.反論への応答——「小規模化=資源集約の困難」という批判にどう応えるか
ここで想定される最も重要な批判は、「人口縮小は教育資源の集約を困難にし、質の維持を阻害するのではないか」というものである。特に、規模の経済の観点からは、小規模校の増加は財政効率の悪化や専門教員の配置困難を招くとの指摘があり得る。また、人口の都市集中が進行する中で、過疎地域における小規模校維持は「非効率」と見なされる可能性もある。
しかし、この批判は、教育の「質」を画一的な基準で測る前提に依存している。へき地教育研究の蓄積が示すように、小規模校は異年齢協働や密接な人間関係を通じた独自の教育的可能性を持つ(例えば、複式学級における学び合いの効果)。また、OECD「The Future of Education and Skills 2030」が提示するように、教育を学校内部で完結する活動ではなく、社会全体の学習エコシステムとして捉えるならば、小規模性は「欠損」ではなく、むしろ地域との接続を促進する条件となる。
さらに、情報通信技術の発展は、地理的制約を超えた学習資源の共有を可能にしている。すなわち、小規模校の「孤立」は技術的に克服可能であり、むしろ多様な学びの場を創出する契機となり得る。
ここでさらに一歩進めて想定される批判——「教育機会のネットワーク化は、都市部の人口密度が高い地域ほど容易ではないか。過疎地域において、ICTを活用したネットワーク学習を持続可能な形で実装することは、かえってコスト増を招くのではないか」——に対しては、教育機会のネットワーク化は物理的密度の関数ではなく、制度設計と公共投資の問題であると応答しうる。実際、フィンランドやカナダの遠隔地教育の事例が示すように、人口希薄地域における学習ネットワークの構築は、技術的条件よりも、むしろ政策的コミットメントと教員の役割再定義に依存している。すなわち、小規模性がもたらす不利は、制度的創造性によって克服可能であり、その意味で小規模化は「質的転換の契機」として捉え直されるべきである。したがって、小規模化は必ずしも資源集約の困難を意味せず、制度設計次第で質的転換の機会となるのである。
6.教育研究への含意——「適正規模」概念の再定義
人口縮小社会において教育制度が直面する最大の課題は、「学校規模」という概念そのものの再定義である。制度的には、文部科学省が示した『公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引』(2015)が、公立学校の適正規模を概ね12〜18学級として整理してきた。この基準は、一定規模の集団による教育効果や教員配置の効率性を前提としたものであり、人口増加期の制度合理性を体現している。
しかし人口3万人未満の自治体が増加する現在、この基準は維持すべき目標というより、再検討されるべき歴史的条件となりつつある。問題は、学校規模を縮小して維持することではない。小規模社会に適合した教育組織そのものを再設計することにある。複式学級の再評価、小中一貫校や義務教育学校の導入、地域留学制度などは、単なる暫定的対応ではなく、小規模社会型教育モデルへの移行の萌芽として理解されるべきである。
この議論は国際的な教育理論とも接続する。OECD が提示した『The Future of Education and Skills 2030』は、教育を学校内部で完結する活動ではなく、社会全体の学習エコシステムとして捉える視点を示している。この枠組みにおいて重要なのは、学校の規模そのものではなく、学習機会がどのようなネットワークとして成立しているかである。
さらに、日本のへき地教育研究の蓄積は、この転換を理論的に支える。戦後のへき地教育研究は、小規模校を単なる不利条件としてではなく、異年齢協働や密接な人間関係を通じた教育的可能性を持つ環境として検討してきた(日本へき地教育学会編、2018)。人口縮小社会においては、この知見は周縁的事例ではなく、むしろ将来の標準的状況を先取りしていたものとして再評価される必要がある。
7.結語——人口の慣性と教育の時間軸
人口は強い慣性を持つ変数であり、その影響は数十年単位で社会制度を規定する。教育制度もまた、施設整備や教員養成、カリキュラム改革に長い時間を要するため、人口変動の影響を最も長期的に受ける制度の一つである。
したがって、現在の教育政策が向き合うべき対象は、現在の人口ではない。すでに到来しつつある、より小さな人口規模の社会である。21世紀の日本において問われているのは、「人口を維持できるか」という問いではなく、「どの人口規模において社会と教育の望ましい均衡を成立させることができるのか」という設計問題である。
適正人口論は人口政策の周辺的議題ではない。それは学校のスケール、学びの配置、そして知的再生産の仕組みそのものを再構築するための基礎条件であり、教育研究が引き受けるべき最も長い時間軸の問いなのである。本コラムは、その議論の出発点として位置づけられる。
参考文献・資料
国立社会保障・人口問題研究所(2023)『日本の将来推計人口(令和5年推計)』。
人口戦略会議(2024)『人口ビジョン2100』。
文部科学省(2015)『公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引』。
日本へき地教育学会編(2018)『へき地・小規模校教育のフロンティア』.
Meadows, D. H., et al. (1972). The Limits to Growth. Universe Books.
OECD (2011). How's Life?: Measuring Well-being. OECD Publishing.
OECD (2017). The OECD Handbook for Innovative Learning Environments. OECD Publishing.
Samuelson, P. A. (1954). "The Pure Theory of Public Expenditure". The Review of Economics and Statistics, 36(4), 387-389.
Sen, A. (1999). Development as Freedom. Oxford University Press.
