
東アジア教育コラム
East Asian Education Column
〔Online〕ISSN 2760-6848
著者紹介

張建(ちょう・けん)
一般社団法人東アジア教育研究所代表理事。博士(教育学、東京大学)。教育社会学を専門とし、東アジアにおける教育制度、教育格差、大学改革および高等教育の比較研究を主な研究領域とする。著書『中国の教育格差と社会階層―中等教育の実像』により日本学校教育学会賞を受賞。東京電機大学特任教授などを歴任し、現在は東アジア地域における教育研究の国際的連携の推進に取り組んでいる。
第1巻第2号(2026年10月)
Vol.1, No.2(October 2026)
通算第002号 / Serial No.002
AIリテラシー教育が示す21世紀型学校教育の変容可能性
― 東アジアにおける政策理念・設計思想・実践課題の比較分析 ―
Abstract:
本稿は、AIリテラシー教育を、AIの活用能力を育成するための教育にとどまらず、21世紀の学校教育への転換可能性を示す教育改革として捉え、日本・中国・韓国・台湾の政策理念と制度設計を比較分析することを目的とする。2020年代以降に各国・地域の政府機関が公表した政策文書、教育指針、実施計画を対象に、政策目標、AIリテラシーに関する能力観、カリキュラム構造、実施主体と支援体制、学校教育の構造的変革への示唆という五つの観点から質的内容分析を行った。その結果、日本は漸進的制度化型、中国は国家戦略型、韓国は政策投資・基盤整備型、台湾は国際協力・現場実践型という特徴を示した。一方、各国・地域には、発達段階に応じた能力形成、倫理的判断力の育成、多様な主体の協働という共通の設計原理が認められた。また、教員の専門性の再構築、教育格差への対応、学習評価の見直し、学習者の主体性の保障が共通課題として浮かび上がった。AIリテラシー教育の意義は、新たな技術や教科を学校に導入することだけでなく、教師・学習者・知識の関係を再構成し、知識伝達型の学校から協働的な知識創造を重視する21世紀の学校教育への転換を促す可能性にある。
Keywords:
AIリテラシー教育、21世紀の学校教育、学習者の主体性、学習共同体、東アジア
はじめに
生成AIの普及は、学校教育における知識獲得、学習過程、評価方法の在り方に根本的な再検討を迫っている。もはやAIは「使うか使わないか」を選択する対象ではなく、子どもたちの日常生活に深く浸透する社会的基盤となりつつある。本稿における「21世紀型学校教育」とは、知識伝達を中心とした近代型学校教育モデルを基盤としながら、学習者の主体性(agency)、批判的思考力、協働的問題解決能力、創造性を重視するコンピテンシー・ベースの教育モデルへの転換を意味する。この概念は、OECD Education 2030が示す「学習者エージェンシー」や「変革を起こすコンピテンシー」の議論と接続するものである(OECD, 2018)。本稿における「変容可能性」とは、AIリテラシー教育の導入によって直ちに学校制度が変革されることを意味するのではなく、AI時代に必要とされる能力観、教師役割、学習過程、評価方法の再構成を通じて、学校教育の構造的転換を促す潜在的可能性を意味する。本稿では、AIリテラシー教育を、単なるAI活用能力の育成にとどまらず、「何を知るか」に加えて「どのように学び、判断し、創造するか」を重視する21世紀型学校教育への転換可能性を提示する教育改革として捉える。本稿では、21世紀型学校教育を上位概念として位置づけ、その具体的な組織形態の一つとして協働的学習共同体志向型学校を捉える。本稿では、佐藤学の「学びの共同体」論を参照しつつ、AI時代における知識創造・協働的問題解決・学習者エージェンシーの育成を重視する学校像を、分析概念として「学習共同体志向型学校」と呼ぶ。以下では、便宜上「学習共同体志向型学校」と表記する。 すなわち、それは知識伝達型学校から、AIを批判的かつ創造的に活用することを前提として、問いを生成し、情報を評価し、新たな価値を創造する能力形成を重視する学習共同体志向型学校への移行可能性を意味する。ここでいう学習共同体志向型学校とは、教師が知識伝達者として一方向的に教授するモデルから、教師と学習者が協働的に知識を構成し、問題発見・探究・対話を通じて学習を深化させる学校モデルを意味する。この概念は、佐藤学の「学びの共同体」論が重視する対話的・協働的学習の視点、OECD Learning Compass 2030が提示する学習者エージェンシーや共創的学習の理念、さらに構成主義的学習観やKnowledge Building理論(Scardamalia & Bereiter, 2006)と理論的接点を持つ。
本稿では、AIリテラシー教育が21世紀型学校教育への転換契機となり得る可能性を分析するため、①コンピテンシー・ベース教育論、②学習者エージェンシー論、③学習共同体論を理論的枠組みとして設定する。これらは、知識伝達型教育から、学習者が主体的に知識を構成し、他者との協働を通じて問題解決を行う教育モデルへの転換を説明するための理論的基盤となる。本稿では、AIリテラシーを、AIに関する基礎的知識を獲得し、その出力や社会的影響を批判的に評価するとともに、倫理的かつ主体的に活用する能力として捉える(Ng et al., 2021; UNESCO, 2024)。
先行研究では、AIリテラシー教育は主として技術能力育成やデジタル技能形成の観点から論じられてきた。しかし、本稿はAIリテラシー教育を学校教育システムそのものの変容可能性という観点から捉え、日本、中国、韓国、台湾の政策理念と制度設計を比較分析する点に特徴がある。
本稿の目的は、日本、中国、韓国、台湾におけるAIリテラシー教育政策を比較分析し、各国・地域が形成しているAI時代の能力観、カリキュラム設計、教育ガバナンスの特徴を明らかにするとともに、それらが21世紀型学校教育の変容にどのような可能性と課題を提示しているのかを考察することである。本稿が検討するのは、AIリテラシー教育政策が学校教育を実際に変容させたかという政策効果ではなく、各国・地域の政策理念と制度設計が、21世紀型学校教育への転換可能性をどのように構想しているかという点である。本稿では、2020年代以降に公表された日本、中国、韓国、台湾の政府機関によるAI教育関連政策文書、教育指針および実施計画を分析対象とする。分析方法としては質的内容分析を用い、①政策目的、②AIリテラシーに対する能力観、③カリキュラム構造、④実施主体と支援体制、⑤学校教育の構造的変容への含意(知識伝達型から学習共同体志向型への転換可能性)という五つの分析カテゴリーから比較検討を行う。
補足表:本稿における概念階層
一、AIリテラシー教育政策の展開
東アジアでは、経済・社会全体のデジタルトランスフォーメーションが進展し、それに対応する教育改革も急速に進められている。その中で、日本、中国、韓国、台湾はそれぞれ独自のアプローチでAIリテラシー教育の制度化を推進している。
日本では、政府が推進するAI政策およびSociety5.0のビジョンの下、すべての子どもたちがAIを主体的に活用できる環境整備が進められている。小・中・高等学校を通じた情報教育の体系化が進められており、2022年度からは高等学校で「情報Ⅰ」が共通必履修科目として新設された。また、次期学習指導要領の改訂に向けた議論では、小学校における情報教育の充実や、中学校技術分野の在り方についても検討が進められている。さらに文部科学省は、教育活動や校務における生成AIの活用について「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」を2024年12月に公表し、パイロット校での実証実験を進めている[1]。日本の最大の特徴は、既存の情報教育体系との整合性を重視した段階的導入・制度調整にある。中国や韓国のような国家戦略型・政策投資型の急速な展開とは異なり、現場の実態に即した段階的な制度化を志向している点が際立つ。
中国では、国家レベルの政策目標と教育内容・実施体制が比較的強く連結された制度化が進められている。2025年5月、教育部基础教育教学指导委员会(2025)[2]は『中小学人工智能通识教育指南(2025年版)』を正式に発表した。このガイドラインは「素養培育」を核心とし、小学校での興味喚起と基礎認知、中学校での技術原理と基礎応用、高校でのシステム思考と創新実践という螺旋型の課程設計を採用している。同時に『中小学生成式人工智能使用指南(2025年版)』も公開され、「実践活用の促進と安全・倫理規制の両立」を基本方針として掲げ、各学段での使用規範を明確化するとともに、政府・学校・企業・家庭・地域社会の連携を志向する多層的ガバナンスの枠組みが提示されている。中国の特徴は、国家政策による方向づけが強く、教育内容・実施体制・社会連携を制度的に統合しようとしている点にある。このような政策形成過程は、国家が明確な方向性を示しながら教育改革を推進する「国家戦略型アプローチ」として位置付けることができる。
韓国では、AI・デジタル教育基盤の整備に大規模な財政投入を行う政策が進められており、初等・中等教育段階におけるAI教育強化のための積極的な予算措置が計画されている[3]。AI重点校の拡充やAI関連教育の必修化を視野に入れたカリキュラム改訂も進められている。2022年改訂教育課程では、デジタル基礎能力やAI教育の強化が示され、AI・デジタル教育基盤の整備が進められている。韓国の特徴は、AI教育を個別科目として導入するだけではなく、デジタル教育基盤の整備、教育格差解消を政策目標の一つとして位置づけ、未来人材育成を一体化した国家的教育投資として位置付けている点にある。また、教員研修やAIデジタル教科書の導入政策を通じて、学校教育のデジタル変革を推進しようとしている。このようなアプローチは、財政的支援と教育基盤整備を重視した政策展開を示しており、東アジアの中でも特に積極的な政策投資・基盤整備型の特徴を持つ。
台湾では、教育部が「国民中小學學生學習評量及作業使用生成式人工智慧注意事項及教學指引」を策定し、教師がAIツールを適切に活用して学習評価や課題を設計する際の指針を示している[4][12]。また、教育部のAI素養教育中長程計畫の下では、海外プログラムとの連携を含む教材開発・普及活動も展開されており、MIT RAISEプログラムと連携した「Day of AI」課程の導入[14][15]や、実用的な行政ツール《行政減量AI手冊》の刊行など、現場に即した取り組みが進められている。高校段階では、生成AIの使用を明確に開示することを求めるガイドラインも改訂され、学術的誠実性への配慮が強化されている。台湾の特色は、海外の先進プログラム(MITなど)を積極的に導入し、教育現場で即時に実践できる教材や指針を迅速に普及させている点にある。国際連携を活用しながら、教育現場への迅速な展開を重視する国際連携・現場実践型の特徴を持つ。
ここで注目すべきは、東アジア各国・地域が政治体制や教育制度こそ異なるものの、急速なデジタル化、少子化、国際競争力の強化という共通課題を抱えているため、AIリテラシー教育政策にも収斂的な傾向が見られるという点である。この共通の背景が、次に述べる設計思想の相似性を生み出している。東アジアでは、経済成長を支える人的資本形成を教育政策の重要課題として位置付ける傾向が強い。そのため、AIリテラシー教育も単なるデジタル技術の利活用教育ではなく、国家競争力や産業政策と結び付けられている点に大きな特徴がある。
以上のように、東アジア各国・地域はそれぞれの政治・社会的文脈に応じたアプローチをとっているものの、AIリテラシー教育を国家戦略や教育改革の中核に据えるという点で共通している。その背景には、デジタル化・少子化・国際競争への対応という東アジア共通の社会的課題が存在する。本稿では、各国・地域の政策文書、教育制度、実践支援体制を比較し、AIリテラシー教育政策の特徴を「段階的制度化型」「国家戦略型」「政策投資・基盤整備型」「国際連携・現場実践型」という四つの政策アプローチとして提示する。なお、以下の類型は各国・地域の優劣を示すものではなく、それぞれがAIリテラシー教育を制度化する際に重視している政策的重点の差異を示すものである。また、この類型化は各国・地域の政策文書に示された重点領域、制度設計、実施主体の特徴を基準として整理したものである。
表1 東アジア各国・地域におけるAIリテラシー教育政策の比較分析
二、AIリテラシー教育の設計思想―東アジアに共通する三つの原理
第1章で整理した政策展開を踏まえ、本章では、①カリキュラム設計、②AIリテラシーに対する能力観、③実施主体と支援体制という三つの視点から、東アジアに共通するAIリテラシー教育の設計思想を分析する。本稿では、AIリテラシー教育を単なる技術教育ではなく、知識・価値・社会参加を含む包括的な教育改革として捉える。東アジア各国・地域の政策を比較すると、共通する設計思想が見えてくる一方、国家戦略との結び付きや教育行政の在り方には違いも認められる。これら三つの視点は、AIリテラシー教育を「技術習得」ではなく、「知識・倫理・社会参加を統合した能力形成」として捉える分析枠組みである。本稿の分析視角として、AIリテラシー教育は、単なる新しい教育内容の追加ではなく、知識伝達型学校から学習共同体志向型学校への制度的・文化的転換を促す契機となる可能性を持つと捉える。換言すれば、AIリテラシー教育は教育内容の付加ではなく、学校における「学習」「教師」「知識」という基本枠組みの再定義を要請する制度的契機として位置づけられる。
第一に、段階的・螺旋型カリキュラムの採用である。中国の「認知啓蒙→技術原理→システム思考」という発達段階に応じた設計は、日本の小中高を通じた情報教育の枠組みや、韓国の初等・中等・高等教育を繋ぐ「全生涯周期にわたるAI基本教育」の構想とも通底する。AIリテラシーは一朝一夕に身につくものではなく、成長に合わせて反復的に深化させるべき領域として認識されているのである。この段階的・螺旋型のカリキュラム設計は、AIリテラシー教育が単なる知識付与ではなく、学習者の発達段階に応じた能力形成を志向していることを示しており、知識伝達型から学習共同体志向型への移行を支える基盤として機能する。
第二に、倫理・安全を中核に据えたリテラシー観の重視である。各国のガイドラインは例外なく、データセキュリティや倫理的配慮、情報の真偽判断といった要素を中核に位置づけている。国際的にも、AIリテラシーは単なる操作能力ではなく、AIを理解し、その出力や社会的影響を批判的に評価し、倫理的かつ創造的に活用する複合的能力として捉えられている。UNESCO(2024)のAIコンピテンシーフレームワーク(生徒向け・教師向け)[5][6]、OECD・欧州委員会(2025)の初等・中等教育向けAIリテラシーフレームワーク草案(Draft version)[7]、欧州委員会のDigComp 3.0(2025)[8]、そしてNg et al.(2021)のAIリテラシーフレームワーク[9]は、いずれもこの方向性を示している。このリテラシー観は、学習者がAIを単に操作するのではなく、批判的に評価し倫理的に活用する主体として位置づけられており、教師から学習者への権威移譲という学校変容の方向性を示唆している。
第三に、多層的なガバナンスの枠組みの形成である。中国の政府・学校・企業・家庭・地域社会による協働モデル、日本の教育委員会主導の実証研究、台湾の民間財団と連携した普及計画は、いずれも政府一辺倒ではなく、多様な主体が役割を分担する協働体制の構築へと向かっている。このガバナンスの多層化は、学校が閉ざされた組織から社会と連携する開かれた組織へと変容する契機を示している。
以上のことから、東アジア各国・地域の制度は異なるものの、AIリテラシー教育の共通基盤には、段階的カリキュラム・倫理重視のリテラシー観・多層的ガバナンスという共通した教育理念が存在することが分かる。一方で、その実現手法には、中国の国家戦略型、韓国の政策投資・基盤整備型、日本の段階的制度化型、台湾の国際連携・現場実践型といった違いも認められる。以上から、東アジアにおけるAIリテラシー教育の設計思想は、①段階的能力形成、②倫理的判断力の育成、③社会的協働による実践支援という三つの原理によって構成されていると整理できる。以上の三原理は、AIリテラシー教育を成立させる政策条件であるだけでなく、21世紀型学校教育への転換を支える制度的基盤として理解することができる。すなわち、これらの三原理は、AIリテラシー教育が単なる新教科の追加ではなく、教師の役割、学習過程、評価方法を含む学校システム全体の再設計を志向していることを示している。
三、AIリテラシー教育実践の現状と課題
政策の整備は進むが、実践の現場には依然として多くの課題が横たわる。いずれの国・地域にも共通するのは、制度整備と教育実践の間に一定の乖離が存在することである。この問題は、教育政策研究において広く論じられてきた政策実施過程における理念と実践の乖離として捉えることができる(Pressman & Wildavsky, 1973)。すなわち、「制度は整っても教室での実践が追いつかない」というジレンマである。
日本では、教員自身のAIリテラシー向上が急務とされている。生成AIの仕組みや特徴を理解した上で、授業にどう組み込み、どう評価するか——そのノウハウはまだ蓄積の途上にある。これはAIリテラシー教育における「教師の専門性再構築」という課題であり、単なるICT操作能力ではなく、AI時代の授業設計能力や評価能力の形成が求められている。文部科学省はパイロット校での検証を進めるが、全国規模での展開には時間と人材育成の両面でハードルが高い。
中国では、ガイドラインの策定自体が画期的である一方、地域間の教育格差という長年の課題がAIリテラシー教育においても顕在化する懸念がある。都市部と農村部でのインフラ整備や教員配置の差は、AIリテラシーの「普遍的な基礎教育」という理念の実現を困難にする可能性をはらむ。この課題は、AIアクセス格差として捉えることができ、教育の普遍的価値と地域間格差の是正という政策的ジレンマを内包している。
韓国は財政的支援と教育基盤整備を重視した政策展開を示しているが、大規模な財政投入が本当に質的な教育改善に結びつくのか、評価指標の設計が今後の鍵となる。これは、教育投資の量的拡大と質的改善をどう結びつけるかという評価観の再構築の課題である。また、AI関連教育を必修化することの是非—基礎学力との時間配分や、学習負担の増加といった論点も今後の議論を要する。
台湾では、生成AIの利用開示を求めるルールが先行する一方で、それを実践的に指導できる教員の養成や、ルールが形骸化しないためのモニタリング体制の構築が課題として残されている。この課題は、AIリテラシー教育における学習者主体性の保障と規範形成のバランスを問うものである。
各国・地域は異なる制度的条件の下でAIリテラシー教育を推進しているが、教員養成、教育格差、学習評価、教育実践の質の向上という課題は共通している。これらの課題は、いずれも「教師の役割変容」「AIアクセス格差」「学習評価観の再構築」「学習者主体性の保障」というより広範な教育学的論点に収斂する。これらの課題は程度の差こそあれ、各国・地域に共通する実践上のジレンマであり、制度整備と現場実践のギャップがいかに埋められるかが、今後のAIリテラシー教育政策の実効性を左右する鍵となるだろう。すなわち、AIリテラシー教育の本質的課題は、AI技能の習得ではなく、教師の役割、学習過程、評価方法を含む学校教育システム全体の再設計にある。そのため、AIリテラシー教育は特定教科として独立させるのではなく、各教科の学習過程に位置づけ、探究的学習、情報活用能力、批判的思考力の育成と結び付けていく必要がある。この意味で、AIリテラシー教育は新たな教育内容を追加する改革ではなく、学校における「学習とは何か」「教師とは何か」「知識とは何か」という基本的枠組みを再定義する制度的契機として位置づけられる。
おわりに
東アジアのAIリテラシー教育は今、制度設計のフェーズから実践と検証のフェーズへと移行しつつある。各国・地域が描く枠組みは、段階的カリキュラム、倫理重視のリテラシー観、多層的ガバナンスという点で顕著な共通性を示す。それは、AIがもたらす社会的インパクトに対する認識の共有の証左にほかならない。そしてその背景には、デジタル化・少子化・国際競争という東アジア各国・地域が共通して直面する社会的課題と、人的資本形成を重視する教育観が存在している。
しかし、制度が整ったからといって教育が変わるわけではない。重要なのは、教室の一コマ一コマで何が起きるかである。教師がAIとどう向き合い、子どもたちがどんな問いを立て、どんな対話を重ねるか——その「実践」の積み重ねなしに、AIリテラシー教育は単なるスローガンで終わるだろう。東アジア各国・地域は互いに競い合うだけでなく、教育実践や政策の成果を率直に共有することで、AI時代にふさわしい教育モデルを共に構築していくことが期待される。
今後は各国・地域の政策効果を継続的に比較・検証し、その成果を相互に共有する国際的な知見の蓄積が求められる。東アジアにおける多様な実践の比較と共有は、AI時代の学校教育の新たな方向性を示す重要な知見となるだろう。AIリテラシー教育が問い直しているのは、単なる教育方法の改善ではなく、教師と学習者の関係、知識形成の在り方、さらには21世紀における学校教育の制度的役割そのものの再構築の可能性である。AIリテラシー教育の本質的意義は、AIという新技術を学校教育へ導入することではなく、AI時代に必要とされる能力観を基盤として、教師・学習者・知識の関係、さらには「学習とは何か」「教師とは何か」「知識とは何か」という学校教育の基本枠組みを再構成し、知識伝達型学校からKnowledge Building理論(Scardamalia & Bereiter, 2006)が示す知識構築(knowledge building)の理念に基づく協働的知識創造(collaborative knowledge creation)を中心とする21世紀型学校教育への転換を促す点にある。 このような変容可能性は、OECD Education 2030が掲げる「エージェンシー(主体性)」概念や、探究的学習を重視するコンピテンシー・ベースの教育観とも接続するものであり、今後の学校教育の方向性を考える上で重要な示唆を提供している。
【参考文献】
[1] 文部科学省(2024)『初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)』
[2] 教育部基础教育教学指导委员会(2025)『中小学人工智能通识教育指南(2025年版)』。中国政府公式サイト:http://www.moe.gov.cn/(2026年8月1日最終確認)
[3] 韓国教育部(2025)『AIデジタル教科書導入及び教育基盤構築計画』(2025年予算案関連資料)
[4] 教育部(2024)『国民中小學學生學習評量及作業使用生成式人工智慧注意事項及教學指引』
[5] UNESCO (2024). AI Competency Framework for Students.
[6] UNESCO (2024). AI Competency Framework for Teachers.
[7] European Commission & OECD (2025). Empowering Learners for the Age of AI: An AI Literacy Framework for Primary and Secondary Education (Draft version).
[8] European Commission (2025). DigComp 3.0: The European Digital Competence Framework for Citizens.
[9] Ng, D. T. K., Leung, J. K. L., Chu, S. K. W., & Qiao, M. S. (2021). AI literacy: Definition, teaching, evaluation and ethical issues. Proceedings of the Association for Information Science and Technology, 58(1), 504-509.
[10] Pressman, J. L., & Wildavsky, A. (1973). Implementation: How Great Expectations in Washington Are Dashed in Oakland. University of California Press.
[11] OECD (2018). The Future of Education and Skills: Education 2030. OECD Publishing.
[12] 教育部(2026)『臺灣中小學教師與學生AI素養框架』(台湾教育部)
[13] Scardamalia, M., & Bereiter, C. (2006). Knowledge building: Theory, pedagogy, and technology. In R. K. Sawyer (Ed.), The Cambridge Handbook of the Learning Sciences (pp. 97-115). Cambridge University Press.
[14] MIT RAISE (2025). Day of AI Curriculum & Professional Development. Massachusetts Institute of Technology. https://raise.mit.edu/dayofai
[15] Day of AI (2025). Day of AI: AI Literacy for All. https://www.dayofai.org

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